「上海なう」の時間です。
前回に引き続き、上海でのアートレジデンスに参加した長沢郁美さんへのインタビューをお送りします。
今回は、現地での生活で何を得たのかについてフォーカスしてみました。
レジデンスの魅力は、制作→展示までを短期間に集中してできることですが、
こと海外でのレジデンスとなると、日常生活を通して得られる「気づき」や、
自分の中の常識のスクラップ&ビルドを通して得られる「変化」も挙げられます。
長沢さんは、現地の生活を通して、どんな「変化」を何を得たのでしょうか。
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いい意味でも悪い意味でも「人間らしさ」というものを現地の人たちに感じました。
何かを運んでいると、そこら辺のおじさんが手伝ってくれたり、
みんな好奇心旺盛で中国語の分からない私にどんどん話しかけてくれる。
本当にみんな人なつっこっかったです。
逆に、時には雑な対応をされ、嫌な目にも合いましたが、
感情表現がプラスの方向にもマイナスの方向にも豊かだというのは、
精神的に健康なのかもしれないな、とも思いました。
また、現地で創作活動をしている人たちはすごくタフで、ストイックだな、とも感じました。
クーラーのない暑いアトリエで鉄アレイで鍛えながら、大作を何枚も描いているアーティストがいて、
こりゃ負けちゃうな…とも感じました。
これからは、負けじと私も体を鍛えなくては、と思いました…。
「日常生活」と言っても、1ヶ月半だけの滞在だったので、
もっと長く住めば色々な面が見えてくるのだとは思うのですが、
今回の滞在では、自分が素に戻っていくような感覚を感じていました。
それは開放的な上海の雰囲気のお陰かもしれません。
この感覚は、今後作品作りに活かされていくのだろうと感じています。
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自分が素に戻っていく感覚、、、。
確かに上海の人たちは感情表現が豊かで、
いいものはいい、悪いものは悪いとはっきり意思表示をします。
そうではなく、感情を押し殺すことを暗黙のうちに求められる日本では、
知らず知らずのうちに「社会的な自分」を演じねばならないときも多いものです。
月並みな言い方ですが、上海の「人間くささ」のようなものが
長沢さんの心を解きほぐし、素に戻っていくような感覚を覚えさせたのかもしれません。
上海万博を期に、世界中からたくさんの人たちが集まる上海ですが、
そうした人間くささや、素直な感情表現が平坦になることなく残っているということが
まさに上海らしさであり、上海の魅力なのでしょう。
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今回、短期間でOffice339と共にワークショップを企画し、開催したことは自信に繋がりました。
実は、下描きなしで絵を描くのはすごく苦手で…。それで、前日までちょっと気が重かったのですが、
せっかくだからとにかく楽しもう! と思い、当日は楽しく描くことができました。
イベント自体の準備も時間もあまりなく、
当日になってもイベントの流れもきちんとわからないままでしたが、
結果的に子供たちと一緒に創ったら、予想以上の作品になり、とても満足しています。
チャンスが来たら、怖がらず、大胆に飛び込んで行くこと、
また、自分のやりたいことを明確にしていくことを、今回のレジデンスでは学びました。
そして、やりたい放題させて頂き、
多大な協力をして下さったOffice339に何よりも感謝しています。
アーティストにとって、自分のやりたいことを実現するために支援してもらえるということ、
そのことが一番幸せで、幸せ過ぎて、本当に生きていて良かったなあ…とさえ思いました。
生きている実感って、人の優しさに触れた時に感じるものなのだと、今回感じました。
東京で暮らしていると、時々閉塞感を感じてしまうこともありますが、
でも環境は自分の力で変えられるのではないかと信じています。
もっとタフに、未来を自分の手で切り開いていく意思がより強くなったことが、
一番の変化だと思っています。(以上、長沢)
私は冒頭で「長沢さんにどんな変化があったのか」と言いましたが、
長沢さんから語られたものは、むしろ「回帰」に近いのではないかと思います。
それは、長沢郁美というひとりの人間としての回帰であり、
同時にまた、アーティストとしての回帰でもあったのでしょう。
未来を自分の手で切り開いていこうという意思。
心の奥底に刻まれた強固な意志を、長沢さんは上海で自ら「取り戻した」。
そう言うことはできないでしょうか。
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これまで前後半2回に分けて長沢さんのインタビューをお送りしてきましたが、
いかがでしたでしょうか。
上海万博で、いろいろな職業の日本人が上海を訪れていますが、
アーティストやクリエイターは、まだまだ少ない印象です。
もちろん、アーティストを取り巻く上海の環境は生易しいものではないし、
今回長沢さんが語ってくれたように、
目を覆いたくなるような問題がごろごろと転がっています。
しかし、だからこそ気づけるものがある。
それを価値と思えるのが「アーティスト」ではないかと思うのです。
長沢さんの言葉を借りるとすれば、
「怖がらず、思い切り飛び込んで」みること。
上海は、そんな勇気ある人を、温かく、また強烈に、包み込んでくれるはずです。
(後半・おわり)
09 Sep 2010 上海なうvol.3
前回は、上海で活躍するグラフィックデザイナーの伊瀬幸恵さんに
上海で必要な「伝わらない前提」について話を聞きましたが、
vol.3では、つい最近まで、上海でのアートレジデンスに参加したアーティストに
上海での制作や展覧で「いったい何を得たのか」を聞いてみることにします。
今回、上海のアートマネジメントオフィス「Office339」のレジデンスに参加したのは
東京出身のアーティスト、長沢郁美さん。
長沢さんは、これまで何度か中国で個展を開いたりグループ展に参加してきましたが、
一定期間を現地で過ごし、制作→展示までを行うのは今回が初めてということなので
上海で何を感じ何を得たのかを聞くにはまさに旬のアーティスト!!
まずは、レジデンスでの日々をざっくり振り返ってもらいました。
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1ヶ月半上海に滞在したのですが、制作はもちろんその他の様々なイベントを開催しました。
まず、レジデンス先のOffice339を一夜限りのスナックにし、
私自身がホステスになってお客様を接待するという「スナック339」という企画をやりました。
アートのことだけを難しく考えるのではなくて、
思いつきでふざけた企画もやってみたいと思ってのことだったのです。
結果的にはたくさんの方にお越し頂けて、制作途中の絵を見て頂くことができ、
何よりみなさんと交流することができて、とてもいい機会になりました。
その他にも、個展 “Flutter” を開催したり、大型ショッピングモール889PLAZAでワークショップも行いました。
子供向けのイベントもしたいと思い、ワークショップでは主に子供を対象にしました。
まず始めに、大きなキャンバスに私が黒いペンで会場を訪れた子供たちの顔を描き、
その上から子供たちにクレヨンで色を塗ってもらいました。
私にとって初めてのワークショップでしたが、思っていた以上に子供たちが熱心にやってくれて、
終始子供たちのパワーに圧倒されていました。真剣な子供たちの表情がとても印象に残っています。
その他、偶然出会ったデザイナーの方に声を掛けて頂き、
急遽ファッションショーにモデルとして出演することになったり、
初めての経験ばかりで、レジデンスは本当に充実した日々でした。
スペースの違いは大きかったです。
今回のレジデンスでは、2.5×5mの大作を制作しましたが、
これは日本の私のアトリエでは制作不可能な大きさでした。
また、上海は画材も安く、キャンバスも好きな大きさで注文でき、
発注から到着までが早いのでとても制作しやすい環境だと思います。
ただ、画材の質は日本とは違うので、やや苦戦しました。
その他、制作場所としていたOffice339のあるエリア “威海路696″ は新しいアートエリアになっていて、
アーティストのアトリエや、デザイン事務所、写真スタジオなどがあり、
毎日たくさんの人が見学に訪れていました。
Office339にもたくさんの方が見学に訪れてくれるので、
制作をしながら見学に来た方とお話をしたりできるのも、とてもいい刺激になりました。
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長沢さんの言うように、上海には、この威海路696のほかに、大型のアートエリアがいくつかあります。
そこに行けば何人ものアーティストの制作過程や展示を、何かしら見ることができる。
上海には、アートのアイコンとも言うべき場所が、あちこちに点在しているんです。
しかし、そんな上海ですが、「発表の場」として考えたとき、
日本人の常識が通用しない局面も多々、あったようです。
日本と比べて、全てがスピーディーに動いているので、
そのところでやりにくさとやりやすさの両方を感じました。
やりにくさというのは、色々な決断を瞬時に行わなければならないということ。
また、それに備えて常に準備をしていなければならないということです。
例えば、今回の889PLAZAでのワークショップが正式に決まったのは、開催日の3日前でした。
ワークショップの前日は個展のオープニングがあったので、
その準備もあり、最後の方はもう何が何だかよく分からなかったです。
もっと時間があれば…とも思いましたが、
このスピード感に応えられなければ、チャンスを逃してしまうのだとも感じました。
逆に、瞬発力を備えて臨めば、チャンスは日本よりも多いのではないでしょうか。
また、個展の為の作品を運ぶ際に中国の業者にすごく雑に扱われ、大変悲しい思いもしました。
美術作品は丁寧に扱うものだという考えもまだそんなに浸透していなく、
日本での常識は通用しないのだと痛感しました。
中国で発表することは、まだまだ大変な面もたくさんありますが、
それでもチャンスが多いというのは代え難い魅力だと感じています。
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確かに、私たちは「こんなことは当たり前だろう」という日本での常識を持ち込んでしまうことがあります。
しかし、「そんなことさえ当たり前ではない」ということが、とりわけ上海では起こりえます。
長沢さんは、こんなエピソードを紹介してくれました。
実は中国の業者に、作品を雑に扱われ、作品にダメージができてしまったんです。
その現場に立ち会った時に、業者に対してものすごく憤りを感じ、怒りました。
なかなか怒りと悲しみはおさまらなかったです。
けれど、そこで感じたのは、
中国の業者の担当者は「しまった」とさえ思っていなさそうだということです。
もちろん、全ての業者がそうではなくて、しかも、担当の人によるのですが、
その人はまったく何で怒られているかでさえ、分かっていない様子でした。
その時に、全く常識の違う相手に対して、こちら側の常識で怒っても、どうにもならないと感じました。
つまり、今回のことは、こちら側の常識で動いていた、自分たちのミスなのかもしれない、と。
常識の違いを痛感しましたが、
でもだからこそ今後自分がその中でどう動いていけばいいのか
ということがより明確になってきたと思っています。(以上、長沢)
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作品を大事に扱う、なんてことすらも共有できない。
その事実に、長沢さんは打ちのめされたことでしょう。
しかし、それは単純に「不幸」だと片付けることができるでしょうか。
「自分の常識をこえるもの」と、日本ではそう簡単に会うことはできない。
そう考えることはできないでしょうか。
長沢さんが「糧」にしたものに思いを馳せるとき、
アーティストにとっての上海の魅力が、ぐっと力を持って迫ってくるような気がします。
(前半おわり)
28 Aug 2010 上海なうvol.2
このブログの主役、ダニエル・ヤン君ですが、どうも本業(雑誌『1626』編集)が忙しいらしく
「上海なう」を久しくアップロードできていなかったので、
今回は、わたくし小松理虔が「上海と日本におけるクリエイティビティの違い」について
お話したいと思います。
最近、日本の若手のクリエイターやアーティストが
上海で作品を発表したり、事務所やアトリエを開いたり、ということが増えています。
もちろん、それと同時に、さまざまなトラブルに巻き込まれるケースも相次いでいます。
展覧会自体が開けない、印刷がクソだ、注文数がまるで違う、作品が届かない、
運営がグダグダ、スタッフのやる気がない・・・
数えればキリがありません。
しかし、そうしたトラブルをよそに
ここ上海には、世界の注目を浴びるアートシーン、巨大市場が紛れもなく存在している。
問題をクリアできない人と、上海を味方にできる人との間には、
どうやら何かしらの考え方の差や、ノウハウの有無があるのではないでしょうか。
その答えは、クリエイティブな活動を現地で、
しかも現地の人と共に行っている人に聞くのがベストです。
そこで今回は、上海で活躍しているフリーランスデザイナーであり、
僕が編集をしている「月刊SUPER」のアートディレクターでもある伊瀬幸恵さんに
「東京、上海の発表の場のちがい」についてざっくりと話を聞いてみました。
「東京は「ものづくり」ということが何なのかということを
一般の人も理解できるという成熟した場所です。
細かい職人芸やこだわりを感じ取れる人々が多くいて
周りで携わる業者も作り手の意図を汲み取れる人材が多いと思います。
だから、作り手が好きなだけこだわれるという恵まれた環境にあると思います」
「反面、東京でしか通じない閉じた表現にもなりがちで
発想、表現のオリジナル性は高いものの、伝わりづらいという特殊な状況にもあると思います。
言語も通じますし、文化も共有できている範囲が大きいため、
「まったく伝わらない環境でどうするのか」といったような思考が
なかなか持てないということにも起因しているような気がします」(以上、伊瀬)
確かに伊瀬さんの言う通りで、
日本で日本人を相手に生活し、日本人を相手に作品を発表していると
「目の前にいる人とまったく話が通じない」ということは前提にはなりにくいものです。
無意識に「言葉が伝わる」ことが前提になっている状態になってしまうからです。
ですから、「伝えよう」「伝えないといけない」という前向きな伝達パワーが
あまり必要とされないのかもしれません。
「一般の加工業者の意識が低いので、制作・発表の場で問題もかなり発生しますが、
その分コミュニケーション能力が問われますし、磨かれもします。
それでもなお、そうした業者の人間には意識を共有できる人が少ないのですが、
表現者にほぼ全部任せてもらえる、ということでもあるので、
ものづくりをするうえで利点と言えるのではないでしょうか」
「しかも、上海は中国ではもっとも外国に対して開かれた場所です。
一般レベルでは「ものづくり」に関心のある人はかなり少ないのですが、
一部現地人、滞在中の外国人などには、表現の場が少ないがゆえの「飢え」や、
関わる人間が限られているからこそ生まれる「スピード感」「共有感」があります」
「また、中国という国の特殊性によって
現地人、外国人がそれぞれの立場を母国と外国との比較の中で感じることができ、
その中から魅力的な表現が多く生まれてもいるんです」(以上、伊瀬)
上海では、「伝わらない」ことを前提とした姿勢が不可欠です。
日々の生活はもちろん、観客に対しても、ギャラリーのオーナーに対しても、
関係する業者さんなどに対してもそうですが、
クリエイターやアーティスト自身が「わからない相手にどう伝えるか」という問題に直面します。
日本人は、初めて「伝わらない前提」を立脚点に
コミュニケーションを始める必要性に迫られるわけです。
伝わらないから伝えようとする。
伝えようとするから、伝わる。
こうして、上海独特のスピード感のある人間関係が構築されていくのでしょう。
僕自身も、上海での雑誌編集時代に経験したことがありますが、
「わかるやつにわかればいい」という閉じた思考では、誰も動いてはくれません。
「わからない人にわからせるにはどうしたらいいだろう」ということと向き合わなければ、
現地スタッフとクリエイティブなものづくりなどできない、と言っていいと思います。
そして、こうした言葉の壁、コミュニケーションの壁が、自らの制作に新たな視点をもたらし
上海のクリエイティブに膨大なエネルギーを注ぎこんでいるのではないでしょうか。
もちろん、経済発展がもたらす陰陽や、街全体が醸し出す上昇感、浮遊感、
海外に開かれた環境なども上海の魅力ですし、
そこから得られるインスピレーションも大きな影響を与えるはずですが、
やはり、実際に上海で暮らし、ものづくりをしていくうえで獲得できる「伝わらない前提」こそが、
そうした上海の魅力をさらに増幅させる鍵になると、僕は考えています。
それを体感するために、ぜひ、上海で「ものづくり」してみてください。
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25 May 2010 上海なうvol.1
上海ユニクロ狂想曲
cex workブログへの初ポスト。「上海なう」は、文字通り上海の“なう”を伝えるブログエントリーです。ほかと違うのは、上海の現役雑誌編集者が、上海人の眼で見、感じたものをリポートすること。 『1626』エディターのDanielが寄稿した原文を、上海ウォッチャーのRikenが翻訳・加筆し、日本のマスメディアが拾いきれないミクロな上海を、リアルタイムで「なう!」します。
第1回目の今日は「ユニクロ」。上海万博に湧く上海の目抜き通り南京西路に、5月15日「世界最大のユニクロ旗艦店」がオープンしました。初日にはなんと2万人を越える来場客を記録するなど、上海は今まさに「ユニクロ狂想曲」の開演中。Danielは、この壮大な狂想曲をどう料理するのでしょうか。
―ユニクロが持つ「日本ブランド」の強み
ユニクロが上海人を引きつける最大の理由は、「ブランドイメージ」と「価格」が中間所得層にブレずにフォーカスしているから。上海の中間層がユニクロに対して持っているイメージは「派手さはないが品質がいいこと」、そして「スタイルが豊富にあること」だ。これこそまさに日本製品に対するイメージ。「日本ブランド」の信頼を背に、中間所得層により強固な支持を築き上げているのだ。ユニクロが、いかに世界戦略に基づいて「あらゆる国のあらゆる人」に向けてスタイルを提案しても、上海の人たちはユニクロに「日本」を見ると言っていい。
そこにもっとも敏感に反応するのが、若者たち。上海というのは、中国国内で最も日本文化が流入している都市だ。日本の商品が「中国産のように劣悪でない」ことも、当然すでにインストールされている。だから、若者にとってユニクロを着ることは、「私は日本が好きで、生活の質を重視する日本スタイルを追い求める1人ですよ」という意思表示にもなる。ユニクロを着ることで、新しい「身分」を手に入れられる、というわけだ。
また、日本では当たり前になっているスタイリッシュな映像広告も、上海の若者たちには新鮮に映る。ユニクロのおしゃれイメージが、まるでサブリミナルのように深層意識に植えつけられていくのだ。1着1着を見ると、シンプルすぎて面白みがないと思ってしまうが、「おしゃれに見えないのは自分のコーディネートが悪いからで、ユニクロの服自体は悪くない」と多くの若者は思ってしまうのだ。こうして、ブランドイメージがフレッシュな状態で保存されていくのである。
―よりダイレクトに届く、東京ブランドとしてのユニクロ
ここ数年、上海の若者たちの間では、「日本ブランド」より「東京ブランド」が重視される。というより、「日本」と「東京」では求めるものがまったく違うのだ。もちろんこれは、日本の情報が大量にリアルタイムで入るようになったからだが、「日本」というと、桜の花、茶道や華道といった伝統芸能といったイメージが先立つのに対し、それが「東京」になった途端、最先端のファッションとテクノロジー、ポップカルチャーが花開く大都市として映る。
その「東京ブランド」としてのイメージを強めたのが「UT」シリーズだ。デザイナーの佐藤可士和、アーティストのTerry Richardsonといったワールドクラスのクリエイターを積極的に起用したことで、「おしゃれでかっこいい」イメージを先行させることに成功した。低価格はそのままだから、若者が手を出さないわけがない。上海の店舗でUTの殴り合いの争奪戦が起きても、僕は特別驚かない。
このように、品質が高くシンプルで誰でも着られるという「日本ブランド」に加え、UTに代表されるような、おしゃれでかっこいいという「東京ブランド」がお互いに相乗効果をもたらし、上海の若者を中心にした中間層に強烈なブランドイメージを植えつけていったのである。
(ちなみに最近では、「東京」ではなくてさらに、もう一歩踏み込んだ「原宿」、「渋谷」、「代官山」といった場所に注目が集まっています。Danielが制作に携わる『1626』でも、渋谷や原宿といった言葉は何度も使われているし、近々「原宿」だけにフォーカスした特集も作るそうなので日本の皆さんもお楽しみに。)
―ホワイトカラーの心を掴む仕掛け
一般的に言えば、上海人の「おしゃれ理解度」は決して高いとは言えない。まだまだ「ベタな賑やかさ」や「コテコテのもの」を好む傾向にある。ところがユニクロは、それを逆に利用して、「南京西路」というコテコテな場所にフラッグショップを建てた。南京西路は日本で言えば銀座のような場所。高級デパートが乱立するショッピングエリアだ。話題が話題を呼び、人々の熱狂がどんどん加速することは予想できた。ユニクロにはそれがわかっていた。
特に今回のオープンでは、ユニクロをよく知らない人が「何やらすごい」という興奮だけでユニクロを訪れた。群集心理が共鳴しあい、行列がさらなる行列をつくり、「何でもいいからこの店で買わなければ」という購買意欲をさらに掻き立てたのだ。面子を気にする上海人は「ユニなんとか」でどうにか買った商品を、近所の人や友人に自慢することで自尊心を満たす。上海人の心理をうまく突いていると思う。
また、上海のアパレルのショップは、店員がぴったり張り付いて、しきりに「買え買え」と言ってくるのだが、日本で高度のサービスを提供してきたユニクロはそうではない。丁寧な接客は自然で押し付けがましくないし、棚の高さ、通路のほどよい狭さ、照明の柔らかさなど、人々の深層意識に働きかける「目に見えない」サービスのレベルが高いのだ。
日常必需品である下着や靴下の品揃えも、ホワイトカラーに訴えかける要素のひとつだろう。はじめての客は、どっちにしても必要なものだから、3足99元の靴下や下着をお試しで購入していく(1足40元のほうには見向きもしない)。毎日使ううちに、靴下や下着を通じてユニクロのクオリティを理解してしまうのである。リピーターになるまでに、さほど時間はかからないだろう。かく言う私だって「靴下を買うなら断然ユニクロ」だ。
―ライフスタイルに組み込まれるユニクロ
ユニクロの商品は実に多彩で、上質なジャパンブランドを求める「中間層」、東京の最新のファッションを追い求める「若者」、日々の消耗品を効果的に買い求める「ホワイトカラー」たちのあらゆる欲求を満たす。そして、その根底には「低価格」という源泉が流れている。安く、しかも質がいい。品揃えが豊富で、見ているだけでも楽しい。会社帰りやふらっと買い物に立ち寄るのにちょうどいいのだ。ちゃんと買う時も、衝動買いをしても、どっちにしたって安いのだから。
日本人は商品を作るのはうまいが、上海や中国でモノを売るためには、「店に行き、買う」という行為そのものを現地人ライフスタイルに組み込むことが鍵だとされている。ユニクロのすごいところは、それができているところだ。日本人は「酒を飲んだらラーメンを食べる」が、上海人は、会社帰りに友人たちとユニクロに行って買い物を楽しむ。あるいは、街なかに買い物に行ったとき思わずふらっと立ち寄ってしまう。ユニクロは、そんな風に中間層の生活様式に浸入していく。
ユニクロ「狂想曲」が「スタンダードクラシック」になる日も、そう遠くないだろう。
Uniqulo吸引上海人的原因,应该主要是品牌形象和价格,所以他的消费人群是数量最庞大的中等收入人群.从消费者角度去分析,多半是具有一定文化素质和时尚追求的,而其收入无法满足奢侈品的需要,所以转向Uniqulo,Zara,H&M这样的店铺.
他们之所以会把注意力转向Uniqulo,我觉得是因为Uniqulo品牌的形象推广做的很好.高品质,基本款上可以变换出丰富造型,低价格,品牌的形象照片都有明显的日本风格,而上海有是一个受日本影响很厉害的地方,所以对于年轻人来说,穿着Uniqlo会有一种身份认同感觉,好象”我也是热爱日本造型,并有生活品质追求的一员”
横向进行比较的话,你会发现前面提到的H&M和ZARA在上海也有很大的市场,其实他们受欢迎的原因也和Uniqlo类似,价格,款式,形象.但是不同点在于HM和ZARA会比较偏向时尚,偏向于欧美,偏向于正式.所以一般白领在选正装的时候,受不了国产的设计,又给不起大牌的价格,往往会选择HM和ZARA.
而Uniqlo的话,形象虽然是按照年轻感觉去建立的,但是基本款的设置,让任何年龄的人在任何场合都有了穿着的可能.所以任何年龄层的人都会去买,而且有着各种外界的宣传,图片都是好看的,所以即使有人买了衣服穿起来觉得不是很好看,也会觉得是自己的搭配功力不够,并不会觉得Uniqlo不好.
在对外宣传部分,之前日本盛大的UT活动,有Terry Richardson,有佐藤可士和等等,让品牌形象在最适合宣传时下年轻人的潮流感觉的东京,立刻和潮流以及设计结合在了一起.一举三得.而与Jil Sander的合作,更是完完全全利用了品牌与设计师联名的精髓.有了设计师的名气作为保障,即使单品卖的比其他产品贵很多,但是在消费者看来,依然是占了便宜的.某些款式甚至会出现抢购的状态.
上海人对于时尚的理解度还不够成熟,而年轻人以及很大一群人都喜欢凑热闹,所以南京西路那家FLAG STORE开幕之前,用很大的墙面广告进行了很好的前期宣传,所有路过那边的人都会知道这里要有Uniqlo,都会开始积累好奇心和热情,于是在周末一开幕,大家都想去满足这样的热情.
而且开幕前一天晚上的媒体招待,很多媒体人通过微博等方式第一时间在网络上报道了这件事情,让很多不知道这个事情的人知道了,让很多遗忘这个事情的人想起了,让很多关注这个事情的人热情更高了.大家都想知道这家店会有什么特别,会有什么限量的单品.甚至只要排队进去了走一圈,也可以很自豪的和朋友说我已经去过那家店了.
就他们店铺本身来说,店员热情的态度很值得表扬,但有一点特别的是,他们在你进门的时候会热情的招呼,但并不会跟着你看你有什么需求,反而是提供了一个自由自主的购物空间给到你,在你需要的时候又会及时的出现.这个细节我觉得是很重要的.
至于服装的Display我不是很在行,只是觉得他们的Undeerwear和袜子,已经很稳定的占据了这片市场,任何对生活品质有一定要求的人,没有袜子穿的时候就会想到,我要去Uniqlo了.而他们此类产品都是采用3双99远,一双40元之类的战术在进行销售.那么消费者就会觉得三双一起更划算,而且这些是每日的必须品,多买点也无所谓.这是我觉得利润很大的一个销售点.
店里的黄色的灯光,给人暖和的感觉,他们的衣架都不会很高,加上白色的墙壁和透明的玻璃,给人很舒服的通透感.但他们衣架之间留给行人行走的空隙都不会很宽敞,所以在视觉上永远可以造成有很多人在店里一起购买的感觉,于是大家的购物热情就更高了,甚至会怕自己喜欢的东西被别人买走.于是就买的更厉害了.
所以消费者因为外部宣传知道了品牌的大概形象并且被吸引,在店内又可以得到很好的服务和购物体验,同时产品也给他们一种”必须品”的感觉,自然就会去了.哪怕下班没事逛逛也好,反正便宜.
